2021-05-01から1ヶ月間の記事一覧

あざとい奴

ふと、考える。 犯行事実を犯罪者の一味であるH・Gがわざわざ僕に語ったのは罪悪感からなどではなく僕と共犯関係を結ぶためだったとしたらと。 性被害者をおびき寄せるために勝手に名前を使われた僕も被害者のはずなのだが既成事実を作ることにより僕も巻き…

逃げ切った先は地獄だとしたら

誰にも束縛されまいと逃げ切った先は地獄だとしたら。 かえって捕まって処罰されていた方がよかったのでは。 そうすればこれほど負債の感覚に苦しむこともなかっただろうから。 なあ、そう思わないか、H・Gよ。 にほんブログ村

自立支援医療受給者証の更新の手続き

今日は仕事休んで午前中所沢保健センターまで出向き自立支援医療受給者証の更新の手続きをしてきました。 今回は精神科の主治医の診断書(レターパックで郵送してもらったので次回の診察日に3300円の診断書料を支払わねばならない)を提出する必要があっ…

自由・孤独・愛おしさ・絶望

自由だから孤独になる。 孤独だから愛おしくなる。 でも拒絶されたら絶望する。 だから無難な相手を選ぶ。 それは言葉を話さないものだ。 にほんブログ村

詩・雨の中のプシコ

たとえ泣いていても 雨の中なら大丈夫 などと考える僕はプシコ にほんブログ村

知的判断と美的判断

知的判断と美的判断とではよいとされる基準が異なるのだな。 前者ではとにかく損をしないことが重視されるが後者では価値ありとされたもののためには敢えて損することも厭わないところが違う。 だいたい狡猾と純粋の差として言い表せる。 果たしてどちらが大…

創作・弱者

A:なぜお前は弱者など守ろうとする? 薄汚くて考えるのは自分のことばかりで同情の余地もない。そんな奴をなぜお前は守ろうとする? B:それでも僕は愛している。人間というものを。愛おしくって仕方がないんだよぉ…… にほんブログ村

ブーメランのような言葉

他人を責める言葉はブーメランのように自分のもとに帰って来る。 自分も傷つかないように取り扱いには注意したい。 にほんブログ村

弱者の味方は弱者か

弱者の味方は弱者か。 僕はそれには懐疑的である。 本物の弱者は自分のことで精一杯で他人のことなど構っていられない。 それができるのは強者だからではないのかと思うからだ。 でも強者なのになぜわざわざ弱者の立場になろうとするのか。 たとえそれが想像…

宮台真司は人格者ではない

社会学者の宮台真司は自分自身のことを人格者だと言っていた(自分で言うか?)が、間違いである。 強欲な人格者などいないから(一人の女で満足できなかった男)。 そういうウソをつくから口元が歪むのではないのか。 にほんブログ村

計算と美的態度

生存を第一義とする計算高い人は苦境に陥っても自分より強い相手には刃向かわず自分より弱い相手を探して理不尽なことを押しつけようと画策するのではないかな。 そういう態度が全然美的ではないのが問題だ。 にほんブログ村

言行不一致

本音か建て前か。 普通に正直か政治的な正義か。 どちらを選びますか。 どちらにしても言行不一致ならば不誠実と見做されても文句は言えまい。 ああ、それを恐れるから日本人は突っ走るのかな。 にほんブログ村

平等と人に忌み嫌われる仕事

人がみな平等だとしたら誰がわざわざ進んで人に忌み嫌われる仕事などするものか。 いや、心底そう思っているからこそできるのか。 にほんブログ村

教育についての疑問

教育とは計算可能な人間を作ることなのだろうか。 だとしたら嫌だなぁ…… 統治する側は楽かもしれないが。 にほんブログ村

コンピュータは結局……

コンピュータは結局どれもみな計算して処理しているだけで意味を理解しているわけではないのよね。 例えば仲の悪い人に「長生きしてね」と嫌味を言えば相手はその意味を直観的に理解して怒るが、相手がコンピュータなら「ありがとう」という返事が返ってくる…

人の思考のすべてをコンピュータに合わせる必要はない

コンピュータが人の言葉を真に受けるというか字義どおりにしか解釈できないとしたら人より劣っていると見做されても仕方ないのではないかな。 だからいくら論理的だからといって人の思考のすべてをコンピュータに合わせる必要はないと思うよ。 コンピュータ…

マクロとミクロ

ミクロ(微視的)な視点とマクロ(巨視的)な視点では様相が異なってくる。 ウィキペディアによるとミクロの視点では正しいことでも、それが合成されたマクロ(集計量)の世界では、必ずしも意図しない結果が生じる。 これを経済学の用語で「合成の誤謬」と…

みんな自分がよいと思うことをしている点で共通

人間はいろんな価値観で生きているが、みんな自分がよいと思うことをしている点で共通ではないかと。 異なるのはその内容で。 何をもってよいとするのかが人それぞれ違うだけ。 にほんブログ村

非自己と友好的な態度

生物に備わっている免疫は非自己と見做したものを攻撃するが、だからといって人が友好的な態度を取れないわけではない。 欺瞞的かもしれないが、そういう能力に賭けたい。 にほんブログ村

良心の声

良心の声。 ヘブライ語では「コール・ハマツェプン」というそうです。 קול המצפון קול[コール]声 מצפון[マツェプン]良心 にほんブログ村

免疫と人間関係

素朴な疑問なのですが。 味方を守るため敵をやっつける免疫のお陰で身体の健康は保たれているが、これを人間同士の関係に適用してよいものだろうかという。 それが不健全に見えてしょうがないのだが、どうでしょう。 にほんブログ村

安心は0で自由は1

安心は0で自由は1で表せると思う。 果たして僕らはどちらを求めているのかな。 にほんブログ村

計画の下で生きる人の自由

計画立案者は計画を設計する際に自由を感じられるかもしれないが、それは一部のエリートに限られる。 それに対して計画に従うしかない大多数の者は安心感を得られることはあってもあまり自由は感じられないだろう。 自由とは個人の選択権が保障されることだ…

物わかりのいい社会

最初から最後まで至れり尽くせりの物わかりのいい社会。 それはそれで生きづらいのではないかと。 個人の拒否権(自由権)を行使する機会が奪われるから。 文句を言えるうちが花。 にほんブログ村

計画と自由

物事が計画通り何の抵抗もなく自動的に進むとしても果たしてそれで自由と言えるのだろうか。 共産主義が平時においても敵を求めるのはその欠点を埋め合わせるためかもしれない。 敵を否定するとき最も自由を感じるのが人だからだ。 他者に違和感を覚えるとき…

賛美とは

讃美歌をみんなで合唱するようなことは苦手だ。 賛美するなら何もそのような手段に因らずにもっと密やかにしたいのだ。 たとえ悲惨な運命だったとしても自分はそれを受け入れたと感じて死ねるならば、それがすなわち神を賛美するのと同等の価値を持つのでは…

ネガとポジの反転

おれは神によってみじめな運命を与えられたが、それでも生き抜いてみせたぜ! こんなふうに己の人生を捉えられたらいいかも。 ネガとポジの反転。 にほんブログ村

密かな心配

本来楽しいはずのことをしても全然楽しくない。 こういう状態に陥ることを密かに心配している。 にほんブログ村

何の思い出もない人生よりは

何の思い出もない人生。 それよりはネガティブな思い出でもあった方がこの先精神的な化学反応の起きる可能性のある分マシなのかなぁ。 たとえマイナスでもマイナスをかければプラスになるからね。 にほんブログ村

気づかない振りと無

気づかない振りをしても無にはなれない。 相手は騙せても自分までは騙せない。 にほんブログ村